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2018年4月16日月曜日

男尊女卑

最近、やたらに「日本の文化・伝統」という言葉を聞きます。

文化とは?
習慣や慣習等、人が長い年月の中で「人間」として洗練され
その過程で形成されてきた生活様式を一様に指すようです。
伝統は、その文化を形式化されたものとされます。

「伝統・文化であれば許される。」という風潮。
現代社会にそぐわない事でも、大目に見ろよ的な言論。
あれって、何なのでしょう?

良く良く考えてみると、日本の文化は『村文化』なんです。
『日本文化』と一区切りで表現されますが
日本という国は『村社会』の集合体だったので

農村には、農民の文化があり
漁師町には、漁師の文化があり
城下町には、町民・職人の文化があり

地方ごと、さらには村や町ごと
それぞれ、全く異なる文化が形成されてきたのです。
だから、実際には日本国の文化ではなく
地域地方、それぞれの文化となります。

今、日本国の『伝統・文化』と形容さているものは
じつは、大日本帝国が建立された明治時代に恣意的に共有されたものが多いそうです。
実際は、たかだか100年程度の歴史しかない。

逆に古来からあるものは宗教色が強い。
例えば、「家の中では靴を脱ぐ」という日本文化。
これも神事に由来します。

最近話題の・・・
「土俵は女人禁制」
「トンネルの工事現場は女人禁制」
これらも宗教的で、古くからの文化伝統とされていますが
実際は、近年に作られたものです。

歌舞伎が女性役も男が演じるのも伝統ですね。
しかし、江戸時代前は女性が演じていたというから面白い。
現代に貫かれている伝統は、江戸時代からのことで
実際は、それ以前の歌舞伎の文化は無視されている訳です。

さらに、江戸時代前は富士山も霊山として女人禁制だったとか。
一体全体、どこからが富士山なのかは疑問ですが。

男女平等がうたわれた現代社会。
「女性の人権を守り、男尊女卑を無くそう。」
近年、日本社会一体で進められてきたのは
明治期の思想の脱却なのです。

『女性は子を産む機械』とされた時代。
その文化を破壊することが、現政府の命題だったはずです。

それが、なぜかここにきて・・・
明治時代の思想会記を掲げる自民党の政治家の方々。
その主張が「日本文化の存続」です。(笑)

文化伝統を盾とした男尊が沸々と復古してきている気持ち悪さ。

相撲協会の新理事長が突然「女児は土俵に上げない」
と言い出したものこの体です。
今まで何事も無く上げていたのに。(^^;)

そして、今の風潮をとても良く表したのが
池坊保子様の御言葉。

小学4、5年生にもなると女性もしっかりした体格になって
そういう子供が取っ組み合うことに多少の抵抗がある。
女性の総理大臣が出てくるからといって
女性が土俵に上がるようにしようというのはおかしい。
命を賭して戦っている相撲に向かっている力士の声も大切。
女性を上げろという声に、揺れ動くことはない。

彼女の言っていることは、100%女性蔑視です。
女性として珍しいですが、自民党の女性議員では珍しくない。(苦笑)
「避妊教育は悪だ。」とか平気で仰しゃる人も居ますし。

それなのに・・・
なぜ女の子を土俵に上げ無くしたのかと問われると
「女の子は怪我をすると大変だから。」
と、平気で嘘を吐く。

滑稽でしかたない。

普通、建前がすべてで、本音は包み隠すものでしょ?
日本の文化とは、そういうものでした。
しかし、最近は違い、皆本音がダダ漏れ。
建前なんて、あって無いようなもの。

なぜ、この状況で女性たちが怒らないのかが不思議。

化粧の濃いオバサン達が、戯言言っているだけなら良いのですが・・・
危機的に思えるのは・・・
こんな池坊保子のような偏った思想を持った輩の多くが
国の外郭団体のトップに次々に就任している現実。

正直、気持ちが悪い。

世の中の風を感じなければなりません。
少しずつ風向きが変わってきてます。

その風は、いつの間にか暴風雨となる危険があります。

今吹く風はなんともナマ暖かくて・・・
ただただ不気味なのです。

個人的に寒気しかしません。

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